拙著『メネンデスブラザーズ事件』から削除した原稿をWEB用に改編したものです。
本を読んだ方には自然に分かるはずの内容でもあり、「これを考えるのが本を読む醍醐味だよな…」と思ったので、掲載をやめたのです。
そんな経緯のものなので、本を読まれてない方には何のことか分かりにくい箇所があるかもしれません。
そういう場合は情報元を直接あたるか本を読んでくださいまし。
=========以下ボツ原稿
性的虐待の多くがそうであるように、ライルとエリックの受けた性的虐待には録画もなければ現場を見ていた者もない。でも状況証拠ならある。
Contents
顔無しヌード写真
ふたりの首から下だけのヌード写真がある。エリックの6歳の誕生日前後の写真なので、兄のライルは8歳だ。
検察はこれを子供たちがお互いを撮ったものだと言った。
理論上はありえる。カメラの持ち主が母のキティーだったことと、キティーがその写真を保管していたことは分かっているが、撮ったのが誰なのかは分からない。
同じフィルムの中には、兄弟が同時に写っている写真も複数あるが、何を撮ったのか分からない写真もある。間違ってシャッターを押してしまったような写真である。
これも二通りの解釈ができる。子供が頻繁にカメラをいじっていたに違いないという解釈と、子のヌードを含むフィルムを現像に出さなければならないと気づいた大人が、子がカメラを使っているように見せかけるためにわざと無意味なコマを挟んだという解釈だ。
写真のエリックは半ば勃起しているという忌まわしい事実も付け加えなければならない。
それだとて、子供同士でふざけてやった可能性はゼロではない。でもだとしたら、どうして彼らは陰茎に変化を起こす方法を知っていたのだろう。
喉の損傷
エリックの7歳頃のカルテに、喉の損傷が記録されている。
強引なオーラルセックスによってできることのあるタイプの傷で、現代なら発見した医師はしかるべき機関に報告するよう指導されている。
ただ、他の理由で同様の怪我をする可能性がないわけではない。よくあるのは、保護者が幼児に食事を与える際に、口にスプーンを強引に押し込んで怪我させるケースだ。エリックは7歳だったのだからそれはないが、アイスキャンディーなどで喉を突けば同じような傷ができる。
メネンデス家の「廊下ルール」
親族の証言がある。
父のホセが子供たちの部屋にいる間は、誰もその部屋に近づくことを許されなかった。メネンデス家に滞在したことのあるいとこら全員が話していることで、今では「廊下ルール」としてよく知られている。悲鳴のような声が聞こえたこともあるが、様子を見に行こうとするとキティーに止められたと証言するいとこもいる。だが言い換えれば、誰も部屋の中で起きていたことを見てはいない。
ライルがシャワーを浴び始めると、キティーもシャワールームに入り、15分ほどは出て来なかったという証言もあるが、シャワールームで起きていることを見た者もいない。
いとこのダイアンはライルから、アンディーはエリックから、性的虐待を受けていると聞いたと言っている。
でも親戚はふたりをかばって作り話をしているかもしれない。親しい人間の証言を信用するのは慎重を要する。
ドノヴァン・グッドロー
暴かれた偽証
では、ドノヴァン・グドローはどうだろう。
彼はライルの学生寮に居候していた人物で、事件時には絶縁状態にあったが一時は親友だった。彼は、事件の3ヶ月ほど前にライルから性的虐待を受けていた過去を告白されていた。閉店間際のチャイニーズレストランでお互いの悲しい記憶を打ちあけあったのだ。しかし裁判では「聞いていない」と偽った。
兄弟が犯行に使ったショットガンは、ドノヴァンがライルの部屋に置き忘れた免許証を使って買ったものだ。それを恨んでいたのか、他に何か気の変わる理由があったのか、偽証の理由は不明である。
しかし裁判の前にジャーナリストのランドに「告白を聞いた」と複数回話しており、その録音が法廷で公開されて嘘が暴かれた。
ランドがドノヴァンからこの話を最初に聞いたのは90年の12月、録音は92年の3月のもので、性的虐待の事実を弁護側が公にしたは93年の7月である。
ランド「つまり、エリックはホセから性的に虐待されていたってこと?」
ドノヴァン「うん。あいつとエリック」
ランド「ライルも!?」
ドノヴァン「うん。あいつも」
ライルがドノヴァンに話したのは犯行の準備だった説
ずっと前から両親を殺すことを計画していて、ドノヴァンに証言させるためにあらかじめ話を聞かせていたと疑う声もある。でもこの仮説はライルの行動と矛盾する。
事件直後、ニュースを聞いたドノヴァンは、メネンデス邸に電話をかけている。留守番電話が応答したので
「すぐに電話をくれ」
とメッセージを残した。警察にも、ライルと会ったら電話をくれるよう伝えて欲しいと頼んだ。それでもライルは一度も返信しなかったのだ。
自分に有利な証言をしてほしい相手を無視するだろうか。
味方につけておきたい人物の免許証を悪用するだろうか。エリックの部屋には架空の人物の偽IDもあったし、母キティーは彼に偽IDの作り方を教えていた。
ふたりがはじめに買おうとしていたのは拳銃だった。でも拳銃を手に入れるには申し込みから二週間の待機期間が必要だと言われたので、ショットガンを買ったのだ。何ヶ月も前から証人まで用意するほど周到な犯人が、どうして音の大きいショットガンを急いで買わなければならない事態に陥るのだろう。
事件の前から性的虐待を動機に使おうと考えていたなら、なぜ逮捕後長らくそれを言わなかったのだろう。
事件の数ヶ月後、エリックから犯行を打ち明けられたセラピストのオジールは、兄弟をオフィスへ呼び、セッションを録音した。そのテープは法廷で公開されたが、ふたりとも性的虐待の話はしていない。性的虐待を殺人の言い訳にしたかったなら、録音されるセッションという絶好の機会になぜその話をしないのだ。
ドノヴァンに話したのは仕込みではない。
ドノヴァンは取材で嘘を言ったのか
ドノヴァンがランドにした話の方が嘘だった仮定するとどうだろう。
あるとすれば、ふたりは学生寮で別れたきりで法廷で顔を合わせたのは4年ぶりのことだという話が嘘で、ふたりはひそかにコンタクトをとっていたというケースだ。
ドノヴァンは、ライルに頼まれた通りに偽証する予定で、チャイニーズレストランのエピソードが打ち合わせられていた。彼は裁判の前にランドにその話をしたが、法廷証言までの間になぜか気が変わった…という展開か。
でも、これも無理である。
証言台で検察側に寝返ったなら、ランドのテープが出てきて再度法廷に呼ばれた時に「ライルに偽証を頼まれていたが、思い直して裁判では真実を語った」と言わないのはおかしい。彼は偽証罪に問われるところだったのだ。
ランドはドノヴァンを誘導したか
ランドがドノヴァンを誘導してそんな話をさせたのだと言う人もいる。でも、そう考える人はテープを聞いていない。
「俺とライルが友達になったのは、同じ痛みを経験していたからだと思う。経験は人間関係に影響するでしょう」
彼は自発的にここまで語っている。
ドノヴァンは、ライルの虐待告白を聞いていた。
ここで分かったのは、ライルが事件前に性的虐待のことを打ち明けたということだけだ。性的虐待の存在そのものが証明されたわけではない。でも、ドノヴァンの件を頭に置いてもう一度他の状況証拠を見た時、それでもなお、いとこらは嘘を言っていて、兄弟はふざけて写真を撮り、アイスキャンディーで怪我したと感じるだろうか。本当にそう感じるだろうか。
兄弟は逃げられたはずだという考えならば、共感はしないが理解はできる。事件そのものは避けられなかったとしても、その後の隠蔽工作に問題があるという意見も分かる。事件の直接のきっかけとなった出来事と事件までの5日間のエピソードには証明するものがないのだから、疑いが生まれるのは自然なことでもある。でも、性的虐待を嘘だという人々は、ドノヴァンの詳細を知らないか、意図的に忘れているのだ。知っていながらまだ信じないならそれは頑迷というものであろう。
それは事件直前まで続いていたか
エリックは、18歳までレイプされ続けたと言っている。十代後半の出来事についても、いくつかの証言はある。
もっとも、子供時代の性的虐待を信じられないなら、高校生のエリックが被害を受けていたと信じられるはずがなく、それらの証言に価値はない。以下の話は、ふたりが子供の頃に性的虐待を受けていたと信じる人だけに意味のあるものではある。
伯母のジョーンは、一緒に泊まったホテルでホセが17歳のエリックの部屋に籠っていたのを見ている。その日エリックは夕食に現れなかった。
別の伯母パットは、事件の1か月足らず前にほぼ同じ現象を見ている。この時は、ホセがエリックの部屋のカギを持っていた。そしてエリックはやはり夕食をとらなかった。
友人のエドは、ビバリーヒルズのメネンデス邸に暮らしたことがあり、夜にホセがエリックの部屋に来ると、エドは退出を促され、父子はドアを閉めて何かをしていたと証言している。当時エリックは高校の3年生だった。
3人とも現場を見てはいないのは同じである。しかしエドは、事件の後何度も警察の聴取を受けている。裁判で突然弁護寄りに加工した話をするのは困難である。パットはキティーの兄の離婚した妻で、兄弟と血縁関係はない。
=========ボツ原稿ここまで
すべての詳細は『メネンデスブラザーズ事件』に。
ちょっと長い本ですが、その分下手なアメリカ人より事件に詳しくなれますので。
ドラマ『Monsters』の嘘を潰して行ってたら予定の3倍の長さになっちゃったんですよね。あれはフィクションというよりファンタジーに近いものです。
情報ソース
法廷
ライル・メネンデス
https://www.courttv.com/title/48-ca-v-menendez-lyle-menendez/
ケリー・イングリッシュ 医師
https://www.courttv.com/title/83-ca-v-menendez-witness-testimony/
アラン・アンダーセン 従兄
https://www.courttv.com/title/31-ca-v-menendez-brian-anderson-jr/
キャスリーン・サイモントン 従姉
https://www.courttv.com/title/32-ca-v-menendez-kathleen-simonton/
ダイアン・ヴァンダーモレン 従姉
https://www.courttv.com/title/33-ca-v-menendez-diane-vander-molen/
アンディー・カノ 従弟
https://www.courttv.com/title/68-ca-v-menendez-witness-testimony/
ドノヴァン・グドロー ライルの元友人
https://www.courttv.com/title/11-ca-v-menendez-donovan-goodreau/
https://www.courttv.com/title/68-ca-v-menendez-witness-testimony/
https://www.courttv.com/title/13-ca-v-menendez-glenn-stevens-donovan-goodreau/
ロバート・ランド 記者
https://www.courttv.com/title/12-ca-v-menendez-robert-rand-richard-wenskoski-glenn-stevens/
パット・アンダーセン 伯母
https://www.courttv.com/title/81-ca-v-menendez-joan-vander-molen-patricia-anderson/
ジョーン・ヴァンダーモレン 伯母
https://www.courttv.com/title/81-ca-v-menendez-joan-vander-molen-patricia-anderson/
エドワード・フェノ 友人
https://www.courttv.com/title/83-ca-v-menendez-witness-testimony/
ドキュメンタリー本
ロバート・ランド 記者
ロン・ソブレ/ジョン・ジョンソン 記者
『Blood Brothers: The Inside Story of the Menendez Murders』